新書コーナー 四段目 右から八番目と九番目「よう」「おう」 「近況はどうよ?『トワイライト・サヴァン』」 「ダメだね。この一週間で、手に取ってくれたのは五人。どれも脈なし」 「世知辛いねぇ」 「それは君とて同じだろう? 『イレヴン・メッセージ』」 「はっ、俺はあんたより一ヶ月間遅い。俺はまだまださ」 「どんぐりの背比べという言葉を知ってるか」 「俺はどんぐりじゃねぇぞ」 「……もういい。あー。あの時ガキに落とされて傷が付いてなければもうここにいなかったろうに」 「あれは悲惨だったねぇ。本屋で追いかけっこなんざ、親の躾がなってないとしか思えん。しかも背表紙に傷が付くとは。運が悪かった以外の何者でもねぇな」 「君、棚に入れられてどれくらい経った?」 「んー。八ヶ月か。お互い長いこって」 「一時期は小説界でも話題になったのに……。人の熱気というのは実に醒めやすいものだな」 「俺なんかこのシリーズを締めくくるものとしてメチャクチャ賛美されていたのに、今じゃその辺の本と同じ扱いだ」 「いいな……『イベリコ豚』」 「いいよな……『イベリコ豚』。俺らもあんな時期があったよな」 「あれ、本屋大賞取ったらしいぞ」 「べ、別に羨ましかねぇな。俺だってノミネートまではいったんだ」 「数ヵ月後には映画化するんだってな」 「さ、最近の世間は何でもかんでも映像化しすぎだぜ。一次元にしかない味というのをもっと知るべきだ」 「二週間で累計六百万部突破だってよ」 「――っだあぁもぉっ! 何が言いたいんだあんたは! 言ってて空しくなんねぇか!?」 「死なば諸共」 「俺を道連れにすんな。……ぁ」 「お」 「っぅおあっ! ちょ、ま。てめっ離せっ! やめろブスっ! お前だけには買われたくねぇ! もーどーせー!」 「達者でなー」 「あんたも爽やかな笑顔で手ぇ振んなっ! いーやーだぁー! 俺はまだ死にたくないーっ!」 「……またしばらく寂しくなるな。さらばイレヴン。君がいた日々を忘れはしないよ……」 ――数分後 「おょ。お帰り」 「……ただいま」 「返品?」 「貞操奪われた……」 「読まれてからの返品か。ご愁傷様」 「ありえねぇ……。あんな油ギッシュな豚見たことねぇ。視線だけで殺されそうだった……。イベリコ豚のほうがよっぽどマシだぜ……。しかも返品理由が『間違えました』って。買う前に気づけよ……」 「ま、あと一時間で閉店だ。あとで愚痴聞いてやるから、がんばって笑顔を保て」 「俺らの笑顔に気づいてくれたら今頃こんなところにいねぇよ……」 「荒んでるなぁ。……っと。人来たぞ。」 「うにゃ。あのブスじゃなけりゃ誰でもいいぜ! 俺を買って――って店員かよっ!」 「思わせぶりな」 「あんただよ……。ところであの店員、何してるんだ?」 「棚卸しだな。あまりにも売れないとか、置く期間がすぎたら、僕らもあぁやって下ろされる」 「うわっ。シュールな……。あの本はどこへ?」 「さぁ……。これから世間に出回るとは思えないし……。お蔵入り?」 「お蔵って……一生ダンボール?」 「おそらく……」 「……マジか」 「光を拝むのは何年後のことかなー」 「言うな……。考えるだけで怖ぇ……」 「ま、前向きに生きよう。ほら、美人来たぞ」 「ぇ? マジで? どこどこ?」 「今雑誌コーナー曲がってレジに向かった」 「うおぉっ! ホントだ! ボンキュッボンなお姉様!? ちょ、俺を買ってくれー! ……って、なぁんだよ瘤付きか」 「君何言ってんだ?」 「別に……独り言だよ……」 ――すいませーん。『トワイライト・サヴァン』って本ありますかー? 「ぉ、ご指名入ったぜ」 「そのようだな。九ヶ月居座ったこの場所もとうとうお別れか……。お蔵入りの心配もおさらばだ。イレヴン、世話になったな」 「いやいや。こちらこそ。元気でな」 ――数分後 「……ねぇな。ぜってーねぇな……」 「これだからガキは嫌いなんだ……っ!」 「読書感想文の課題図書で簡単なのを選んだつもりが難しそうだったからって……ガキならではの考え方だな。その代わりに『レッド・ウインドミル』を選んでいくとはなぁ……」 「意味がわからん……。難度なら同レベルだぞ……。いいよ……あんなガキに引き取られなくて。もっと僕のことを心から望んでくれる人がそのうち現れるよ……」 「そのうち……な」 「そのうち……だ」 「……なぁ」 「……ん?」 「なんだかんだでよ。俺ら、ここが安住の地じゃねぇか?」 「……否定したいが事実かもな」 「世知辛ぇなぁ……」 「世知辛いな……」 おしまい ジャンル別一覧
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